悲しい時に思うこと
さみしい時、ただただ涙が流れる。
感傷的になり、一人でひっそりと泣く。
涙がやんで頭がクリアになりかけたら、これらのことを思い出したり考えたりする。
- 私の贅沢な住まい
- 幼稚園の時の先生
- 慈愛あふれる天子さま
- お褒めのお手紙
まずは、
【贅沢な住まい】
私の家は贅沢だ。
鴨長明さまが800年以上も親しまれる名著 "方丈記" をお書きになった場、方丈庵よりも大きい。方丈庵は全体で五畳半ほど(心に響く方丈記 鴨長明さんの弾き語り 139ページ)だったというが、私の家は六畳ちょっとある。
しかも、そのスペースとは別でお台所もお風呂場もある。クーラーもあるし、お水も使いたい放題だ。夜は煌々と明かりが灯るし、頑丈な造りなので台風も雪もへっちゃらだ。
実力も才能も芸術の腕前もセンスもピカイチな鴨長明さまでさえ五畳半のお住まいだったというのに、これといったものもない私が易々とこの快適な家に住める。
そうそう、テレビとニンテンドースイッチがあるので楽しいゼル伝ライフも堪能できる。
ビリビリダケハイラルダケゴーゴーダケマックストリュフ (*^-^*)
ありがたいなあ。
ゆく河の流れは絶えずして
しかも
もとの水にあらず
この悲しみの次には、きっと心ときめく出会いが待っているのだ ( '▽' )/
【幼稚園の時の先生】
私が幼稚園の頃、担任の先生が教室みんなの前である園児をお褒めなさった。
その褒められた子は、ハサミをほかの子に渡すとき、相手側にハサミの持ち手を、自分は刃の部分を持っていたそうだ。
「こういうふうに、いつもから優しくできるのはいいことよ」
とそれはそれは言葉をつくしてお褒めなさっていた。
その時私は
〇〇ちゃんすごいなあ
ああいうことが褒められる良いことなのか
と思いつつ、「私だってできるもん」と心の中でちょっとすねていた。
人様に優しくすることをお褒めなさる優しい先生に出会えてよかったな、嬉しかったな。心がまだ柔らかい小さい時でよかった。
ご縁に恵まれていたのね。
先生ありがとう。今でもたびたび思い出して嬉しい気持ちになっています。
【慈愛あふれる天子さま】
山の上の風景、思い出すなあ。
時は平安時代、818年頃。干ばつからの疫病により、世は悲しみにあふれていた。そんな中、当時の第52代天皇、嵯峨天皇さまは
「朕の不徳にして多衆に何の罪があらん」
と、正殿(御所)を避けて離宮嵯峨院で質素倹約につとめられ、弘法大師のお勧めにより、一字三礼(一字書くごとに三度の礼拝をすること)にて般若心経を書写なされた。
誰のせいにするわけでもなく、心をつくして行動なされた。
ありがたい、心がふるえた。
こんなにも素敵な方がこの国に実在されていて、このお方の祈られた国が今でも続いている。
京都にある、嵯峨山上陵。石段を5分ほど登った先にある景色のいい所。この景色を嵯峨天皇さまも見てらっしゃるのかな。
この場所で想いがこみ上げてきた。
あなた様のお祈りした、幸せを願った国の子たちは今でも生きています。
あなたの愛したように私も愛したい。
あの時そよいだ風を思い出せば、幸せがこみあげてくる。
この嵯峨天皇の写経につてはだいぶはしょってあるので、正しい情報は大覚寺さんのホームページか歴史の教科書等で ('ν')
【お褒めのお手紙】
嵯峨天皇さまが、娘である有智子内親王さまにお書きなさった漢詩。
その有智子内親王さまが17歳の時に見事な漢詩をお書きなされ、感心した父天皇から漢詩のメッセージが贈られた。
その内容を現代語訳すると、、、
感謝の気持ちを忘れず文章で国家に名をあらわし
名誉や栄華を求めて山水の趣味を忘れてはならない
これからもずっと奥ゆかしい精神をたもちつづけ
何事もなく清らかな年月をすごしなさい
となる。
忝以文章著邦家 と続くのがでてくるので、それがこの漢詩。
このお手紙を自分のことのようにむふむふ読むのが私の楽しみです (*'ν'*)
スマホ等で読めないときは思い出すだけでもむふむふ (*'ν'*)
むふむふ♪
【おわりに】
悲しいというても、いぜんと変わらず五体満足のままだし、住みよい家もある。
本も買えるし、youtubeひらけば心地の良い音楽も聴ける。
悲しみや心が傷つくようなことがあれば音楽や小説などの芸術も深みも増すし、日常のふとした幸せにより気がつくようになる。
ありがたい、ありがたい。そう、ありがたいのだわ。
2021年8月1日 夜 結